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未来を僕らの手の中へ

素晴らし過ぎるメッセ-ジを見つけました。
サポティスタに貼ってあったから、見ている方も多いと思いますが。

http://blog.livedoor.jp/super11efc/archives/51302005.html

今季限りで引退の友近聡郎選手(愛媛FC)のHPの12月3日の日記です。引退にあたっての挨拶、ということなるのでしょうか。

それは、はじまり というタイトルです(いかん、もう涙が出てきた)。
この、短くもなく長すぎでもないエントリーの中で、友近さん自身の「サッカ-のある暮らし」そして「愛媛FC」への思いが書かれています。

ディズニ-ランドは永遠に完成しない

1882年に着工された、バルセロナのサクラダ・ファミリア…

120年以上経った今も完成していない。

愛媛FCも永遠に完成しない…

僕の選手としての、役目を終えたいと思います。

家作りには色々な役割が必要です。

サポーター、ボランティア、スポンサー、行政、選手、スタッフ・・・

たくさんの柱がある家は、なかなか崩れないでしょう。

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愛媛FCはみんなでつくるチームなんだと思います。

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「Jリーグにあがることが全てではない」

僕は事あるごとにこう言い続けてきました。

愛媛FCを核とした地域コミュニティーの輪。

サッカーが人と人を繋ぐ。

愛媛FCがあることによって、愛媛の人達が幸せになれる。


是非全文を読んで下さい。
珠玉の文章とはこういう文章だと思いました。
JFAはこの日記を全文御影石に彫って、サカ-ミュージアムに掲げるべし。


今回、怒涛の週末(久しぶりのアウェ-遠征でした)、試合会場で様々な人に会いました。

「はじめてスポーツのチームを好きになったんですよ。なんでこんなにやきもきしなきゃいけないんでしょうね」
なんて言いながらも嬉しそうだったFC岐阜サポーターのご夫婦。

ほぼ成り行きで某選手のダンマクを預かって以来、律儀にホームでもアウェーでも貼り続け、今季は皆勤だったAさん。
彼女は翌日アマラオの応援に群馬までアルテ高崎の応援に行かれてました。

日帰りで大分に来てデカいダンマク貼って、翌日Iリーグの全国大会見に行ったNさん(武勇伝多すぎで書ききれない猛者中の猛者、女の中の漢←失礼!)。

JFL時代から東京の応援をしていて、2日以外は岐阜の応援に地域リーグ決勝大会の会場に足を運んでいたYさん(レンタカ-便乗させて頂いてありがとうございました)

4年前、渋谷での日韓W杯勝利後の大騒ぎに一緒に参加して以来(「やな~ぎさ~わ♪」とかやりました(大恥))、なんとなくサッカ-にのめりこみ、何をどう間違ったのか、今はFC岐阜のカメラマンをやってるあくびさん。

足の古傷(?)が痛いのに、日帰りで大分遠征、翌日深川行って、もう試合レポをアップしてる左近川氏

仙台にお泊りで応援に行っていたamakuriさん、

その他、宮崎在住のSOCIOの方とか、ホント身体の中にサッカ-があるような方々ばかりでした。
私なんかじゃ逆立ちしても敵わないっていうか。

そんなキトクな方々と知り合えた「サッカ-」という環境に感謝!
私自身は、来年は物凄く収入減となるので、どうなっちゃうんだろうな~って感じです。
気張らずFC東京(ついでに流経も)を支える柱の壁紙の糸屑くらいでありたいと思いました。
今後もよろしくお願いします(心の中でつぶやいてみる)。

でもヒロミの元鞘か~

友近選手補足:

20061204222728.jpg


本棚の後ろに落っこちていたので、もうボロボロになっていた「サッカ-ジャパン(白夜書房/2003年3月発行)」にあった愛媛FC(当時JFL)と友近選手の記事。
ここで友近さんはドイツで過ごした(4部チ-ムに所属)ことを振り返り

「この街にいればずっと幸せな気持ちで生きていける」

と思ったと語っています。
生観戦したブンデスリ-ガの迫力、そして、贔屓のチームだけを応援するだけでなく「サッカ-」をきちんと愛している街(カッセル)のおばさんの姿。
彼がHPで語っている
「愛媛にJが出来ればそこがみんなの気持ちが集まった世界一のディズニ-ランドになる」
http://www.tomochika.jp/index-8.html

っていうのは、短絡的な娯楽の場ではなく、生活に根付いた楽しみ、苦しみをも含んだ
「あ あ 楽 し い」
な場を作るってことなんだと思います。
記事は後半、愛媛FCのJFL昇格までの経緯、そして将来への展望が書かれています。
友近選手の南宇和高校の恩師/石橋氏は「四国にJリーグを。巣立って行った選手たちの帰ってくる場所を作りたい」との熱い情熱の具体化を冷静に進めていき、そして企業や行政の賛同を得て行きます。

ドイツから帰国後、すぐまたドイツに渡るつもりでいた友近さんでしたが、石橋さんの抱くビジョンに「ずっと幸せに生きていける街」が重なり、地元松山をサッカ-の街にするために愛媛FCに加入することを決意しました。
友近さんは「プロ選手」へのこだわりがありましたが、敢えて遠回りの道を選んだとも言えます。

2003年の記事ですから、愛媛FCはJ2を目指すと宣言、というところで終わっています。
そこから紆余曲折を経てJ2昇格を果たした経緯は今さら書くことでもないと思います。

J2の奇数を認めさせた熱意は一朝一夕で出来たものではなく、勢いだけで突っ走ったものでもなかったんですね。

まだサッカ-好きになるってことがどんなことかよく分からなかった3年前の春、この記事は(っていうかこの本そのものが)インパクト強かったです。
結局愛媛FCを見たのはJFL時代の1試合のみだったりするんですが(汗)

東なめwebにあった「スタジアムは街」って言う言葉を久しぶりに思い出します。
色んな人がいて、それぞれの場所でそれぞれ楽しむ。
日韓W杯のあと、Jの試合をいくつか見つつ、気づけばFC東京の試合に通うようになったのは東京の試合をする時のスタジアムが一番楽しく思えたから。

ただ、気づけばどうしても他の人と「チーム愛」の深さを比べてしまうようになっていく。行動だけで測れるものでもないのに。
なんか「見返り」が欲しくなったり。
好きな対象からはやっぱり「特別な存在」と思われたいとか。
「サッカ-を見るのが好き」「チ-ムを応援したい」って筈が「人に自慢するネタ」を求めてるようになったり。

何か私見栄はってるな~、しんどいな~って今日このごろ、友近さんの「チームは家」って言葉に出会えて少し肩の力が抜けました。
肩肘はらずにマイペ-スでチ-ムを応援していこうと、決意を新たにした次第です。

ともあれ友近選手が「プロ選手」として現役を終えられたのは私みたいな門外漢にとっても嬉しいことです。
そしてこれを最後でなく「はじまり」とした友近選手の新しい門出に拍手。

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